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確率過程入門
東京女子大学文理学部数理学科教授
篠原昌彦 著
A5判/303頁
本体価格3,600円
ISBN4-87315-106-6
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(本書について)
本書は確率過程と確率解析の入門書であるが,本書で取り上げたのは離散時間マルコフ連鎖とブラウン運動,およびブラウン運動を使った確率解析である。離散時間マルコフ連鎖は確率過程の中で最もよく利用されるものの一つであり,かつ数学的な取り扱いが簡単なために,確率過程を初めて学ぶ者にとっても理解が容易であると思われる。一方,ブラウン運動は連続時間確率過程の代表格であり,マルコフ性およびマルチンゲール性等の便利な性質を持つために確率過程論の研究のために大変貴重な道具となっている。特にブラウン運動に関する確率解析(伊藤解析)は,当初の目的である拡散過程の研究のための道具に留まらず,最近では金融市場モデルの構成のために必須の武器として使われる等,創始者の伊藤清自身も想像しなかったような分野にまで使われるようになってきている。
本書でも第5章で確率解析の解説を試みたが,マルチンゲールの任意抽出定理等になじみのない初学者にも理解できるような推論をするように心掛けた。
(本書の構成)
第1章では,測度論的確率論の道具立てを本書の理解に必要な範囲でまとめる。
第2章,第3章においては測度論的確率論になじみのない初学者でも理解できるように記述する。したがってこの二つの章は,与えられた初期分布と遷移確率を持つマルコフ連鎖の存在に関する定理以外は,測度論的確率論の知識なしで読むことが出来るようになっている。
第4章においては,読者にブラウン運動の特徴をよく理解してもらうため,そのpathの性質を証明付きで詳しく丁寧に解説する。これは次章で扱う確率解析が普通の微分積分とどう違うのかの理解に役立つと思われるからである。
第5章における確率解析の解説に際しては大多数の類書とは異なり,McKeanの方法による劣マルチンゲール不等式とBorel-Cantelliの補題を多用する理論構成が採用されている。この方法によれば局所マルチンゲールとなる確率積分および伊藤の公式がマルチンゲールの任意抽出定理に依ることなく直接扱えるので初学者にとって理解がしやすいのではないかと思われるからである。
(本書の内容)
第1章では,現代確率論の基礎である測度論的確率論に関する基本的な概念と本書で必要な定理をまとめて述べる。可測空間と可測写像,可測関数に関する概念,確率空間とその上に定義された確率変数とその分布に関する概念とその基本的性質,期待値の定義と性質を述べる。さらに条件付き期待値の概念の解説をした後,条件付き期待値に関しては期待値とほとんど同じ性質が成り立つこと,および条件付き期待値に特有の性質の中で重要なものをまとめて解説する。本書では,加算分割より生成されるsigma-集合族に関する条件付き期待値を直接表現して見せることによって条件付き期待値の概念の理解を容易にすることに努めている。さらに確率分布の他の特性量である分散と分散にも触れた後,確率変数の収束と特性関数の概念を説明して,確率変数の収束や独立性が特性関数で特徴付けられることを示す。最後に現代確率過程論の出発点となったKolmogorovの拡張定理について解説を行う。
第2章では,時間的に一様な離散時間マルコフ連鎖の定義とその基本的な性質をいくつかの具体例に照らしながら解説する。まず,マルコフ性およびマルコフ連鎖を定義した後,マルコフ性と同値であり,かつより一般的で使いやすい条件を与える。次に遷移確率の概念を導入して,マルコフ連鎖の有限次元同時分布が初期分布と遷移確率を使って具体的に表されることを示す。さらに任意の初期分布と遷移確率を与えると,対応する有限次元同時分布をもつマルコフ連鎖が存在することをKolmogorovの拡張定理を使って証明する。続いて,マルコフ連鎖の具体例として,整数値独立増分過程,Ehrenfestの気体拡散モデル,破産モデル,出生死亡過程,待ち行列,分枝過程の6つを取り上げてそれらの遷移確率や遷移確率行列がどのようなものであるかを含めて簡単な解説を行う。また,再帰性と非再帰性,およびグリーン関数の概念を導入してそれらの関係を論ずる。最後に出生死亡過程ついて再帰的であるための必要十分条件,および待ち行列と分枝過程について正の確率で爆発が起こる必要十分条件を求める。
第3章では,非周期的かつ正再帰的な既約マルコフ連鎖の分布が定常分布に収束することを証明する。自明でないマルコフ連鎖の中で最も簡単な構造をもつ2点からなる状態空間上のマルコフ連鎖を例にとって本章の目的の理解を促す。次に定常分布の定義をした後,正再帰的および零再帰的の概念を導入して,既約なマルコフ連鎖に関しては定常分布が存在するための必要十分条件が正再帰的であることを示す。ついで状態の周期の概念を導入して非周期的かつ正再帰的な既約マルコフ連鎖においてはその分布が時間の経過と共に定常分布に収束することを示す。最後に周期的で正再帰的な既約マルコフ連鎖においてはその状態区間が周期と同じ数の個数の巡回成分に分解されること,および同じ巡回成分に属する2つの状態間の遷移確率についての極限定理を示す。
第4章では,ブラウン運動の存在を構成的に証明してそのpathの性質を詳しく調べる。さらに次章の準備として劣マルチンゲール不等式および停止時刻について必要な範囲で解説する。まずブラウン運動の定義をした後にブラウン運動を構成し,さらにブラウン運動の基本的性質を説明した後,ブラウン運動のpathが任意の有限区間で有界変動でないこと,およびブラウン運動のpathは至る所微分不可能であることを示す。次にマルチンゲール,優マルチンゲール,劣マルチンゲールを導入して連続なpathの劣マルチンゲールに関するDoobの不等式を示す。停止時刻についても言及している。最後にブラウン運動のpathの連続性に関して有名な重複対数の法則とL'evyの定理を詳しい証明付きで紹介する。
第5章では,ブラウン運動を使った確率解析の初歩を解説する。ここではMcKeanの方法に依り,前章で準備した劣マルチンゲール不等式とBorel-Cantelliの不等式を組み合わせてくり返し使うことによる証明がキーポイントとなる。まず,確率積分の定義は単関数に関する積分の定義から初めて一般の可測かつcal Ft-適合な確率過程にまで拡張する。確率積分の基本的性質も単関数に関する性質よりその極限として導かれる。次に確率解析において最も重要な定理である伊藤の公式を証明して2,3の例でその便利さを示す。最後に確率微分方程式を導入してその解の存在と一意性の証明を行なう。
(もくじ)
第1章 確率論の基礎
第2章 マルコフ連鎖
第3章 マルコフ連鎖の収束定理
第4章 ブラウン運動 |
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