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投資決定理論とリアルオプション
− 不確実性のもとでの投資−
ディキスト&ピンディク著
川口有一郎 他訳
A5判 590 頁
\10,290
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リアルオプション・アプローチは資本投資の経済価値を求める方法である.それは新しいDCF法?伝統的なDCF法の不具合を改善した方法?ということもできる.従来のDCF法は株式投資や債券投資といった間接的で受動的な投資価値を求めるために考案された.
DCF法では将来の投資がもたらす結果(キャッシュフロー,転売利益など)を予測して価値を計算する.伝統的なDCF法では,キャッシュフローや転売価格などの将来のパス(軌跡)は固定されてしまう.近年では,不確実性を導入するために将来のキャッシュフローや転売価格などの軌跡を作成するに際して,モンテカルロ・シミュレーションが利用されるようになった.キャッシュフローや転売価格の過程を,例えば,幾何ブラウン運動として与えて,投資価値を確率分布として求めるといった試みもある(これは「ダイナミックDCF法」と呼ばれている).ところが,プラント,工場,ビル,および住宅などの実物資産の取得・経営を前提とした投資プロジェクトの評価にこうしたDCF法をそのまま利用することは適切ではない.
その理由は将来のキャッシュフローや転売価格の軌跡が固定されているからである.また,確率キャッシュフローや確率転売価格を用いたダイナミックDCF法では将来の軌跡は固定されないが,その軌跡には投資の意思決定を変更する機会が含まれていない.実物資産投資は,例えば,投資を延期する,規模を拡大(あるいは縮小)する,転用する,あるいは撤退して投下資本の一部を回収するといった様々な柔軟性を有している.実物資産の投資家(経営者)は,将来の各時点でこうしたオプションを行使することができる.延期オプション,変更オプション,転用オプション,および撤退オプションなどを総称してリアル・オプションという.意思決定におけるオプションは,従来から,決定木分析(Decision tree)としてモデル化されてきた.リアル・オプション・アプローチは決定木分析にモンテカルロ・シミュレーションを組み合せた方法である.この方法が画期的な点は,決定木分析とモンテカルロ・シミュレーションを組み合わせたことにあるのではない.現在価値の計算に際して,割引率の決定に悩まないで済むところに最大の特徴がある(なぜ悩まないで済むかについては,本書を読んで悩んで理解して頂きたい).
投資は,経済学では,将来の報酬を期待して現時点でコストを支払う行為であると定義される.また,生産要素としての資本財を購入することを資本投資という.住宅や耐久消費財などを購入することも広い意味での資本投資である(この場合,将来の報酬は長期にわたりサービスを享受できることである).マーシャルの古典的なルールは,将来の報酬の価値がコストを上回るときに投資せよと教える.また,完全競争市場を仮定すれば,資本財のレンタル市場での均衡条件は資本の限界価値と資本をレンタルするコストが等しいという条件として求まる.そのため,資本のユーザーコストと限界的な利益が等しいときに投資せよ,というのがジョルゲソンの投資理論であった.一方,トービンは資本資産の購入価格(再調達コスト)に対するその市場価値の比率を「q」と呼んだ.トービンはqが1以上のときに企業は投資すればよいと考えた.
マーシャル,ジョルゲソン,およびトービンらの新古典派的な投資理論は,上記の判断に調整費用などを取り入れながら,理論・実証の両面において研究が進んできた.しかし,新古典派的な投資理論は投資の意思決定の重要な特性を無視している.
まず,第一に,投資は部分的あるは完全に「不可逆(irreversible)」である.
第二に,投資から得られる将来の報酬は「不確実(uncertainty)」である.
第三に,投資家は投資の「タイミング(timing)」という余裕を持っている.将来の暗闇に薄明かりが差し込むまで決定を延期することができるであろう.不可逆性,不確実性,およびタイミングという3つの特性,これらの相互関連,が投資の最適意思決定を特徴づける.現実の投資は,例えば,金利や税制の変化に対してその反応は比較的緩慢であるが,経済環境のボラティリティや不確実性に対しては非常に敏感である.不可逆性,不確実性,およびタイミングという3つの特性の相互作用を考慮することによって,新古典派的な投資理論の欠点を補うことができる.また,より現実世界に近い投資理論を組み立てることが可能である.本書は,投資機会が有するオプション的な特徴を強調した,不確実性のもとでの不可逆的な投資理論の中級程度のテキストである.そこでは,MM理論にも変更が加えられる.
本書はリアル・オプションの教科書でもある.他のリアルオプションの「教科書の教科書」と言える.例えば,Amram & Kulatilaka(1999)の実務者向けのリアルオプションの簡単な入門テキスト("Real Options - Managing Strategic Investment in an Uncertain World")は、本書の内容から数式を取り除いたものと考えてよい.また,本書と並ぶリアルオプションのバイブルとも言える名著,Lenos Trigeorigis(1999)の「リアルオプション」(日本語版発行・エコノミスト社 "Real Options-Managerial Flexibility and Strategy in Resource Allocation")は,本書を参考にして執筆された。トリジリオスが取り上げているテーマ−、例えば,オプションの存在による期待収益の非対称性,オプション間の相互作用,オプションゲーム,および段階的な投資問題など−は本書と共通である.
両者は次の点において異なっている:本書は連続時間(微分方程式)アプローチであるのに対して,トリジリオスのものは離散時間(決定木分析)アプローチである.そのため,後者の方が初学者には比較的理解しやすい.また,実務への適用範囲も広いと言える.しかし,リアルオプションについて修士論文,あるいは博士論文を書こうとする学生や研究者には本書はバイブルとなろう.また,企業の財務評価,不動産などの実物資産の評価,および費用・便益などの政策評価に従事する専門家にとっては座右の書となろう.その理由は,上記でインプライしたように,不確実性下における投資の基礎理論−確率過程を前提とした動的な最適化問題の解法−が体系的に説明されているからである.
本書は,簡単なリアルオプション入門(第I部),不確実性下の動的最適化の数学的基礎(第II部),不確実性下における企業の意思決定問題(第III部),企業間競争の均衡(第IV部),およびこれらの拡張と応用(第V部)から構成されている.
本書では主に連続時間の投資問題を扱うが,第2章では二期間あるいは三期間の離散時間における簡単な投資問題をほとんど数学を用いないで説明する.リアルオプションの基礎的な概念を直感的に理解するできるであろう.
第3章および第4章(第II部)は本書で用いる数学−確率過程,ウィナー過程,ブラウン運動と伊藤プロセス,伊藤のレンマ,ジャンププロセス,コルモゴロフ方程式,ダイナミック・プログラミング(DP),条件付き請求権分析(CCA),DPとCCAの関係,最適停止領域,スムース・パスティングなど−の復習・まとめである.
本書では「習うより慣れろ」が重要であるという観点から直感的に解説している.厳密な数学的な推論は付録または参考文献に譲っている.
第5章〜第7章において,企業の投資決定のコアとなる理論を構築している.まず,投資を完全に不可逆なものとして扱う.そこでは,資本投資は,単に,埋没費用(sunk cost)を支払ってその見返りとして価値が確率的に変動する資産を取得するものとみなされる.これは金融理論のコール・オプションと全く類似のアイデアである.このアイデアに基づけば,十分に「イン・ザ・マネー」となったときにオプションが行使されるので,トービンのqルールには変更が加えられる.次に,この単純なモデルを拡張する.アウト・プットが変化する場合,減耗がある場合,価格とコストが両方とも不確実な場合,市場への参入・退出の戦略を考慮した場合,およびスクラップを考慮する.
第IV部(第8章と第9章)では,個別の企業の意思決定ではなく,多数の企業からなる産業全体の競争均衡について検討している.企業が互いに競合関係にある場合,最初に参入する企業によって他の企業の「延期するオプション」が破壊され,不可逆性と不確実性の効果が消滅する.各企業のリアル・オプションは競争によって破壊されるが,オーソドックスな現在価値法が価値評価においてその地位を回復することはない.
第9章において,政府の介入と不完全競争について検討している.リスクを取引する市場(資本市場)が不完全であれば,政策的に介入することが正当化されるが,正しい政策を慎重に実行する必要がある.不確実性への対応を誤ると逆効果を生む場合がある.不動産のレント・コントロールや農作物の価格保護を例としてこの問題を考える.
第10章と第11章では,個別の企業の投資決定の問題を再検討する.そこでは,シーケンシャルな投資と段階的な投資の問題について考える.シーケンシャルな投資とは決定が複数のステージから成り,しかも投資決定の順番が決まっている投資をいう.企業は即座に次の投資を行なうのか,あるいは次の投資を延期するのかを各時点で決定しなければならない.また,段階的な投資では結果やキャッシュフローは投下した資本ストックの関数となる.そこでは,資本設備の拡張に関する最適方策を決めることが目標となる.前者は複合オプション(compound options)の解析と類似である.
第1章から第11章までにおいて,オプション・アプローチが広範囲な投資の意思決定問題に応用することが可能であることが明らかにされる.本書のアプローチは,単に企業の投資決定問題ばかりでなく,環境政策における問題?例えば,地球温暖化防止のための炭素税の導入など−にも適用可能である.
第12章ではこうした応用および実証研究について解説されている.
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