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リアルオプションと金融デリバティブ
Moore著
加藤 敦訳
A5判 304 頁
\5,040
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本書は金融工学分野の卓越した研究者であるWilliam. T. Mooreが著したもので、金融オプションからリアルオプションに至るまで、企業財務上の様々な局面で生まれるオプションを一貫した視点からとらえている点に特長がある。
金融オプションは個別株式、株価指数、債券、債券指数など金融商品を原資産として発行されるデリバティブ(派生証券)である。広義にはワラント(新株予約権)及び転換社債(新株予約権付株式)といったオプション埋め込み型証券も含まれる。さらに石油、コーヒー、綿など市場性のある商品を原資産としたオプションも金融オプションの範疇に分類される。金融オプションの多くはシカゴ・オプション取引所等の取引市場において上場・取引されるが、最近は売り手と買い手が直接、取引するオーダーメードのオプションも増えている。
一方、リアルオプションは有形・無形の実物資産を原資産とするオプションである。経営的意思決定において、リアルオプションを用いる目的は、資本投資意思決定の精度向上及びリスクマネジメントである。前者は仮想的な選択権(オプション)を考え、柔軟性の価値を意思決定に織り込む。後者は契約にもとづくリアルオプションで、破綻した米エンロン社が扱った、天然ガスを原資産としたオプション契約などが挙げられる。
リアルオプション研究者にとり金融オプションを学ぶ意義を考えよう。まず最初に挙がるのは、先進的な金融工学手法の中からリアルオプション分析に応用できる手法を見出すことであろう。
すでにBlack--ScholesをはじめとしてMargrabe、Geskeなどのモデルはリアルオプション分析に幅広く用いられている。また、
第10章ではタイミング・オプションにおいて、最適投資時期をどう決定するかに際し、Moore自身が開発したPVI(現在価値指数)を用いた分析法が述べられている。著者の金融工学者として本領が発揮されている部分であり、本書のハイライトの1つとなっている。だが、本書を読み進めれば、この金融工学手法の適用の他に、読者は少なくとも2つの意義に気付くだろう。
第1に、リアルオプションを用いたリスク管理の戦略性並びに課題について、金融オプションとの比較を通じ整理することができる。そもそもオプションは、将来の原資産価値の確率的変動に関して、あらゆる損益パターンを実現する。いかなる損益パターンを選ぶかは企業方針によるが、無危険ヘッジ、鞘取り(アービトラージ)、投機的な利益追求(スペキュレーション)が主要なものである。リアルオプション戦略も基本的には同じである。このうちスペキュレーションは当然ながら大きな危険と隣あわせになる。一方、アービトラージや無危険ヘッジにおいても計算誤差や、原資産価格の変動に際しポジションを常に見直すことの難しさ等から、実際には危険がある。
リスク管理の課題について、金融オプションとリアルオプションの実例を比較しよう。
第2章では英ベアリングズ社の悲劇について取り上げ、スペキュレーション的な戦略に一因があったことを指摘している。同社はコール並びにプットオプションを共に売るポジションをとっていた。このポジションは原資産の変化が小さい場合には利益をもたらすが、実際には原資産が大幅に下落し同社は壊滅的な損害を被った。これに対し、本書では扱っていないが、エンロン社の陥穽の背景には、オプション全体に共通の部分とリアルオプション特有の部分があると考えられる。前者は市場の流動性を確保するため同社がオプションの売り手または買い手として参加し、時には危険なポジションを取らざるをえなかった点である。後者はリアルオプションの価値評価の難しさである。天然ガスのオプションについて、評価基準となる市場が、自社が開設する市場以外になかったため、不正会計処理の歯止めがかかりにくかった。
第2に、金融オプションをリアルオプション戦略推進のために活用することである。第5章では金融オプション、すなわちワラント及び転換社債が、規模拡大オプション行使時(追加投資)の資金調達手段として有用なことを指摘している。規模拡大オプションが行使されるのは企業の経営環境が芳しい場合であり、こうした場合は株価も上昇するので、ワラントや転換社債は権利行使されやすくなり、発行企業にとり自己資本が増強される。さらにコーラブル条項(繰上償還条項)を設ければ、権利行使時期をある程度コントロールでき、事業進展度合に応じ臨機応変な資金調達が可能となる。
資本投資に関する意思決定に際し、オプションは柔軟性の価値を正当に評価するだけでなく、資金調達方法の柔軟性をも拡張するのである。
こうして見ると、金融オプションからリアルオプションまでを同一の視座からとらえた本書はリアルオプションの新たな可能性を拓いたものと言ってよいだろう。本書がリアルオプション及び金融オプションの有機的な相互作用がさらに強まる端緒となることを、訳者としても望みたい。なお訳語の選択にあたっては『バロンズ金融用語辞典』(ダウンズ、グッドマン編著、2002年、日経BP社)並びに『金融工学辞典』(野村証券金融研究所編、2001年、東洋経済新報社)他の関連書籍を参考とした。
概要
本書は企業ファイナンスの場で日々生じる意思決定において、オプション理論をいかに活用すべきか分析したものである。本書では最新の研究成果を含め、過去数十年にわたるファイナンス理論の知的成果をわかりやすく実践的に紹介することに主眼を置いている。
デリバティブ(派生証券)並びにその1つであるオプションに関しては、既にいくつかの素晴らしい学生向け教科書があり、評価並びにリスク管理のための戦略的活用について詳述している。また企業の資本投資決定へのオプション適用に関しても、いくつかの優れた専門書が最近出ている。さらにコーラブル債(繰上償還条項付社債)、転換社債、ワラントに関する専門書も少なくない。
その中で本書の特色は、オプションに関する3つの重要な分野をすべて包含している点にある。すなわち、(1)企業リスク管理のためのオプションの戦略的活用、(2)資本投資決定におけるオプション活用、(3)最近のオプション理論を踏まえたオプション組込証券の評価並びに設計である。
本書が対象とする主な読者は、ビジネススクールの学生、金融機関や民間企業およびコンサルティング会社等に勤務する実務家である。各章末には練習問題を用意し、巻末に解答を付している。
第1章から第4章で我々は世界のオプション市場を訪れ、リスクを管理・制御するためのオプション戦略の適用について検討し、理論的評価法について考察する。ここでは株式オプション、金利オプション、先物オプション並びに指数(インデックス)オプション等を概観する。
第5章では企業の資本的投資並びにファイナンスなど、あらゆる意思決定の場において、オプション理論にもとづく発想が有用であることを述べる。第6章、第7章および第8章では様々なオプション組込証券の評価について検討する。ここではワラント債、新株予約権、コーラブル債、転換社債等の評価方法を紹介する。さらに様々な戦略の目的を遂行するために証券をどう設計するかを検討し、新種の証券(例えばPERCS、LYONS、ACES、ELKS)のような有力なファイナンス手法について考察する。
第9章から第11章までは資本投資決定\index{しほんとうしのけってい@資本投資決定}へのリアルオプション適用について考察する。これらの意思決定においては、柔軟性をどう評価すべきかが重要な課題であり、柔軟性を評価する手段としてオプションの発想が実物資産の世界にも適用される。読者は、プロジェクトの多くが将来、プロジェクトを拡張または縮小する暗黙のオプションを有していることを理解し、さらに廃棄オプション、切替オプションなど多彩なオプションを評価する方法を身に付けることができるだろう。
最後に第12章では企業リスク管理のためのオプション戦略について検討する。企業活動における事業リスクや為替リスク管理のため、各企業に見合ったオーダーメードのオプションが有用なことを示す。ここではシリンダ・オプション、バイナリ・オプション、ノックイン、ノックアウト・オプションおよびルックバック・オプション等の第2世代のオプションが考察の対象となる。 |
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